2014年、黒川博行氏の直木賞受賞作「破門」後の第一弾作品として刊行された「後妻業」。出版されるや否や、この注目作に複数の映画化権を求める手が上がる。その中に、鶴橋康夫監督も名を連ねていた。もともと黒川作品のファンであった鶴橋監督は、あるロケ先の近くの書店で出版直後の「後妻業」を手に入れ、一夜でキャスティングまで思い浮かべながら読み切り、映像化への構想を想い描いたという。『愛の流刑地』(07年)、『源氏物語―千年の謎―』(11年)でタッグを組んできた東宝と、本作の制作プロダクションとなるROBOTで、原作サイドとの交渉を開始。
「黒川さんの作品はハードボイルドだが、愛がある」と語り、自ら映像化権獲得の為の打ち合わせに参加した鶴橋監督の熱意に、版権元も作品をゆだねることを決断。原作権を勝ち取った。これまで数々の≪人間ドラマ≫を卓抜した表現で描いてきた鶴橋監督の『後妻業の女』は、こうして始まった。
映画化決定後、早速脚本執筆を進めた鶴橋監督。原作者・黒川氏とも直接会い、作品について話し合った。もともとボリュームのある原作を、どのように映像化していくか、鶴橋監督のビジョンを説明。犯罪を描いており、ともすれば重量感のある深い人間ドラマが根底に介在する物語を、観客がライトな気分で楽しめる、あくまで“人間喜劇”として描くことや、キャラクターの設定・年齢の変更などを伝えたところ、黒川氏は快諾。ただ、黒川氏が特にこだわったものがある。それは関西弁である。
関西在住の黒川氏、セリフの語尾や言い回しなどの監修を自身も行うこととなった。このこだわりが、本作に溢れる人間臭さ、可笑しみとともに生まれる哀愁を作り出す一助となったことは間違いない。
今作の成功のカギは、原作の大きな魅力の一つである、会話の妙をいかに実写でも実現できるかに掛かっていた。その為キャスティングも、演技力が特に重要視され、鶴橋監督の元に、超実力派俳優陣が勢揃いすることとなった。
主人公の“後妻業の女”小夜子には、16年ぶりの鶴橋組参加となる、まさに日本を代表する名女優・大竹しのぶ。鶴橋監督が最初に原作を読んだ際、既に大竹を思い浮かべながら読み進めたという。実は映像化権を争った各社も、原作を読み、小夜子役には大竹をイメージしていたという裏話もある。八面六臂に映画・演劇・ドラマで活躍し、無限の芝居の引き出しを感じさせる大竹にしかできない、小夜子の刹那で変わる表情や絶妙な台詞回しに、ただただ圧倒されるばかりである。
小夜子の相棒・柏木亨には『愛の流刑地』で鶴橋監督とタッグを組んだ、豊川悦司。大竹同様、鶴橋監督の中では当初から柏木役は豊川でとの思いがあった。関西出身であり、また小夜子役の大竹とは『一枚のハガキ』(11年/新藤兼人監督)など何度も共演を果たしている。
阿吽の呼吸で繰り広げられる、小夜子と柏木のコミカルでテンポの良いやり取りに、一瞬にして『後妻業の女』の世界に引き込まれる。
小夜子が本気で愛してしまう不動産王・舟山喜春を演じたのは笑福亭鶴瓶。作品のキーマンであるこの役、原作のキャラクターイメージからは一見離れているようにも感じられるが、笑福亭鶴瓶の持つ、人々を虜にする魅力は舟山に一番重要な要素であり、見事な好演。気さくな人柄で撮影現場も大いに盛り上げた。
後妻業を追う探偵・本多芳則を演じるのは永瀬正敏。鶴橋監督とは「野良犬」(13年/テレビ朝日)以来のタッグとなる。入念な役作りで表裏あるキャラクターを熱演。豊川演じる柏木との丁々発止のやり取りは圧巻である。 小夜子の9番目の夫・中瀬耕造には津川雅彦。鶴橋監督とは同い年で盟友。原作の表紙に描かれた男性の横顔を見て、すぐに津川への出演オファーを決めたという鶴橋監督。本編にも、原作へのオマージュとも言えるような印象的な津川の横顔が収められた。 他にも、本多と共に小夜子を追い詰める耕造の次女・中瀬朋美に尾野真千子、朋美の姉の西木尚子に長谷川京子、柏木の恋人のホステス・三好繭美に水川あさみ、小夜子の息子・博司に風間俊介、もう一人の後妻業の女・瀬川英子に余 貴美子。小夜子の元夫たちを六平直政、森本レオ、伊武雅刀が演じ、その他、泉谷しげる、柄本明と、名優達が脇を固める。
鶴橋監督だからこそ集まった超豪華俳優陣が、鶴橋ワールドにどっぷりと浸かり、この上なく贅沢な競演を果たし生まれたのが『後妻業の女』である。
2015年夏に行われた本編撮影。本編の冒頭でもある、海岸での結婚相談所主催のパーティーシーンでクランクインとなった。7月の真夏の日差し、真っ青な空、白い砂浜、ロケ地である茨城県高萩市赤浜海岸に集結したのは、パーティーのためにオシャレをした熟年婚活に励む中高年を演じる100名のエキストラ。そこにやってきたのは全身白のコーディネートをした鶴橋康夫監督とメインキャスト陣。主演の大竹は全身真っ白なワンピース、豊川は白シャツと麻のベストと、いかにも誠実そうで爽やかな衣装。強風の中、ドローンでの撮影も敢行しながら、沖から浜辺へ、そこに集う無数の熟年男女たちを鮮明に映し出す。100名のエキストラは入念に準備運動をし、積み上げられたスイカの山をめがけて猛ダッシュ。アイドルグループのプロモーションビデオさながらの躍動的で溌剌とした芝居が繰り返される中、一際の若々しさを放ち男性陣を虜にする小夜子。まさに、本作を象徴する、エネルギッシュなクランクインとなった。
本編撮影の後半戦は、映画の舞台となった大阪でロケが行われた。初日は中之島を周遊する遊覧船「きらり」での婚活パーティーの撮影。他に、天王寺区近鉄デパート前や、大正区の千歳橋、なんばハッチなど、大阪各所でロケを敢行。街並みの個性が薄れつつある現代において、いかに大阪らしい画が撮れるかがロケ地選定の大きな基準となった。大阪城や通天閣が画面に写りこむ場所がロケ地として採用され、大阪が舞台の本作に、存分に関西の空気を盛り込んだ。
伊武雅刀演じる武内の死後、家族が自宅で葬式の準備をしている時に、突然現れた小夜子が公正証書を見せつけ、勝手に葬式の段取りを始めるシーン。実は原作者の黒川博行氏がエキストラとして参加している。その堂々たる演技は、俳優陣の中でも引けを取らず、小夜子に戸惑う家族の一員を見事に演じ切った。
大阪のとある焼肉屋では、大竹演じる小夜子と尾野演じる朋美のバトルシーンを撮影。当日は現地で募った多数のエキストラが参加。エキストラ陣の熱気に現場の士気も高まる中、撮影がスタート。小夜子と朋美の両者一歩も引かない舌戦から、朋美が小夜子にコップの中の水を浴びせ、小夜子が手づかみで生肉を投げつけるアクション、そして壮絶な二人の取っ組み合いまでの長回し。周囲のエキストラを巻き込みながらの女優陣の渾身の芝居に、なかなかカットもかからない。ようやくかかった「カット!」の声に、スタッフからは盛大な拍手喝采。お互いを称えあい、抱き合う大竹と尾野。撮影時の迫力がそのまま大スクリーンに映し出され、二人の女優の凄味に思わず目を見張る。
登場人物のほぼ全員が大阪弁を話す今作。名優たちによる大阪弁のやり取りのテンポの妙が際立つ。豊川悦司(大阪府出身)、笑福亭鶴瓶(大阪府出身)、津川雅彦(京都府出身)、尾野真千子(奈良県出身)、水川あさみ(大阪府出身)、松尾諭(兵庫県出身)、笑福亭鶴光(大阪府出身)、樋井明日香(大阪府出身)と関西出身のキャストも多い中、大竹、長谷川、風間は役作りのために大阪弁を習得。方言指導スタッフと念入りにセリフのチェックを行いながらの演技。時には関西出身のキャストにアドバイスをもらうことも。完成した映像では関西出身と見紛うばかりの大阪弁を披露している。
2015年9月12日、約1ヶ月半に及んだ撮影も遂に最終日を迎えた。クランクアップの撮影場所は小夜子と舟山が向かうラブホテル。笑福亭鶴瓶は長い芸能生活の中でも今作で人生初のベッドシーンを経験することに。元々友人関係の大竹と笑福亭鶴瓶のベッドシーンの撮影は和気藹々と進み、最後の最後まで、鶴橋監督を含めた三人のまるでコントのようなやりとりで現場を盛り上げた。鶴橋監督は大竹からのサプライズプレゼントの花束を受け取ると、感極まった様子で、名匠と名優たちによる温かみ溢れるクランクアップとなった。
鶴橋監督は音楽へのこだわりも強い。音楽で編集点が変わる、という考えから、楽曲制作の前に、オフライン段階でイメージの合う曲をまず当て込んでいく。本作の劇中歌のベット・ミドラーが唄う「Do You Want To Dance」は、鶴橋監督のドラマ作品「魔性」(84年/読売テレビ)でも作品を象徴する印象的なシーンで使用されており、監督のお気に入りの楽曲。今作でも、耕造の葬式の際、小夜子が耕造に口づけをするというセンセーショナルなシーンに起用された。エンディングに流れる主題歌では鶴橋監督自ら作詞(岩船進一として)を担当し、主演の大竹が歌い上げた。圧巻の歌唱力に、レコーディングの際にスタッフから拍手が起こったほど。作詞・監督、歌唱・主演女優という、贅沢な一曲が映画のラストを大いに盛り上げる。
映画タイトルが原作の「後妻業」から「後妻業の女」に変更となった。「今回、小夜子という強烈なキャラクターを大竹しのぶさんに演じてもらうことになりました。企画し、撮影し、編集し、完成した作品の上がりを観た時に、圧倒的な演技力で全力で小夜子となった大竹さんに魅了されました。原作は『後妻業』ですが、原作者の黒川先生に相談して、映画は『後妻業の女』というタイトルに変更の許可を頂きました。大竹しのぶ讃歌です。」と語る鶴橋監督。監督自ら賛辞を贈る大竹の名演技が大スクリーンを鮮やかに彩る。